「お前らの人生よりワシの方が勝ちや」

 
「被害者支援もどんどん進めるべきだが、被害者の利益も含めた加害者へのアプローチは必要」は、
私もそうだと思います。これでは、あまりにむなしいです。

宅間死刑囚と面会 心理士に聞く「時間かければ贖罪も」(東京新聞 2004.9.15)

「心が空虚になったよう。でも一応の目的は達せた気がする」。十四日、大阪・池田の児童殺傷事件で、二十三人を死傷させた宅間守死刑囚(40)への刑が執行された。
贖罪の念を引き出したいと、“モンスター”宅間死刑囚に心理学的アプローチを試みてきた臨床心理士長谷川博一東海女子大教授(45)は、突然の報に戸惑いながら一年に及ぶ面会を振り返った。(大阪支社編集部・芦原千晶

「自分が生まれてくるんじゃなかった。自分が生まれなければこんな事件は起きなかった」
「自分のやったことで不幸になった人がいるのは分かる。子供たちは無念やったろう」
長谷川教授は刑執行の一報を受け、この日午後大阪市内で会見し、獄中の宅間死刑囚と面会した際の言葉を明かした。
宅間死刑囚との最初の接見は、一審判決後の昨年九月。「被害者への謝罪なしに裁判が終わっていいのか」との思いから接見を申し出た。同月末の刑確定後も、大阪拘置所あてに面会許可の上申書を提出。一般に親族以外との面会は認められないが、心情安定の面や「本人の希望」(同教授)などから特別に許され、ことし八月まで計十六回、一回に約三十分の面会を重ねてきた。面会ノートはワープロ打ち数十枚に及ぶ。
面会は三回目から打ち解けた雰囲気になり、二−三月には計七回顔を合わせた。
「こちらが質問するというより本人が話したい言葉を待った。
すると、思い詰めたような表情から、謝罪に準ずる言葉がぽつぽつ出るようになった」という。
しかし、謝罪の言葉はなかった。長谷川教授は、「謝罪という心の働きを理解できないだけで、贖罪の気持ちは持ち始めていたと思う」と分析。
「モンスターでない別の素顔、法廷とは違う言葉も残してくれた」

宅間死刑囚が一貫して口にしていたのは「後悔」だという。小学校時代から結婚生活などに触れ、「あのときこうしていれば」「判断ミスだった」など話していた。
長谷川教授は「あの事件は生来的な気質と劣悪な生い立ちが相乗的に悪い方に向かって起きた。激しい気質の子供が犯罪者になる前に手を打つべきだ。事件前に宅間死刑囚に会っていたかった…」。
面会が十回を超えたころから、「先生にはもう言いたいことは言った。全部分かってくれてる」と話していた宅間死刑囚。だが、酷暑の夏から「早く死にたい」という言葉が多くなり、「刑の早期執行を求める訴訟を起こしたい」と何度も動いた。
「自分のやったことが死刑に値するのは分かってる。潔く受ける」「朝、職員が来るたびに『(執行に)連れにこられた』と思い、通り過ぎて行くと、『違う』と思う日々。自分の番がきたらさっさとやってほしい」

■もう会う必要ないんちゃう
先月二十七日、最後の面会の別れ際だった。
「もう会う必要はないんとちゃう」とぽつり。「何か予感があったのかもしれない」と長谷川教授は言う。

■加害者へのアプローチを
遺族への謝罪がなかったことについても「宅間自身の親子関係がネック。時間をかけてそのわだかまりが解ければ、遺族への贖罪の意識は芽生えたのではないか」とみる。
「異例の早い執行が宅間自身、被害者、事件にかかわったすべての人に何をもたらしたのか、ゆっくり考えたい」と刑確定から一年での刑執行に、新たな課題を見据えた。
「今回のアプローチで法廷では聞けなかったことを語ってくれたのも事実。もし遺族が希望すればお伝えしたい」とする長谷川教授は十四日夕、宅間死刑囚の最期を見舞った。
長谷川教授は「被害者支援もどんどん進めるべきだが、被害者の利益も含めた加害者へのアプローチは必要だと思う」と力を込めた。

宅間死刑囚の心は常人では理解しがたい。それだけに再発防止のためにも、心の解明が求められていた。
捜査段階と公判段階で二度にわたる精神鑑定が行われ、ある程度は人物像が解明された。
捜査段階では「非社会性人格障害妄想性人格障害」などと判定。
公判段階では、思いやりや道徳心などの人間らしい感情を欠く「情性欠如などの人格障害があった」と断じた。
一方で、解明に至らなかった部分も多い。
元主任弁護人の戸谷茂樹弁護士は刑確定後も、一貫して謝罪を引き出そうと試みてきた。
「凶悪な事件で謝罪を引き出すまでに時間が必要だった。長谷川先生の努力もあったので、もう少し時間があれば」と悔やむように、刑確定から執行まで時間が足りなかったと残念がる専門家は多い。
宅間死刑囚は公判中に戸谷弁護士に「コラッ雑民、ワシを下げすむ(蔑む)な、ワシをアホにするな、おまえらに言われたない、お前らの人生よりワシの方が勝ちや」としたためた手記を送っている。
「雑民とエリートを区別する意識が、池田小を犯行場所に選ぶ動機にあったはずだ。宅間死刑囚が育った家庭環境が人格形成に与えた影響も考えられるのに、それは解明されず、生まれながらの極悪人と決めつけられた。死刑によって決着がつけられたように見えるが、社会はこの事件から教訓を引き出すことに失敗した」と岐阜大の高岡健助教授(精神病理学)は指摘する。

■都市化や虐待 第2の悲劇も
東京外大の田島信元・教授(発達心理学)も「宅間死刑囚は特別なわけではない。核家族、都市化や虐待経験などが原因で生まれる第二、第三の宅間は多数いる。原因を解析していくことで犯罪を生んだ背景が分かり、社会に警鐘を鳴らすことができるのに」と残念がる。
この裁判の傍聴に通った作家の佐木隆三氏も「一般の人が裁判を傍聴すれば、犯罪に対して『あの時手助けしてやれば』など、学習する面は多々ある。宅間死刑囚の気持ちをもっと引き出して分析すれば、貴重な“社会の知恵”になりえた」と同意見だ。
ただ、高裁への控訴は宅間死刑囚本人が取り下げた。執行までの期間も刑事訴訟法では刑確定後半年以内と定められている。
文教大学の進藤眸(ひとみ)教授(矯正心理学)は「現制度では裁判で争点になり最後まで争わない限り、きっちりした精神分析はできない。宅間死刑囚のように本人が拒否すればそこで終わりで、学問的興味だけでは究明は不可能だ」と制度上の問題を指摘。
さらに「宅間死刑囚を心理的に解剖できたとして、再発防止策につながるかどうかは疑問だ。結局、犯行の原因は本人特有の問題で、一定の真理として一般化することは難しいだろう」と話す。

宅間死刑囚は死刑確定後、支援者の女性と獄中結婚している。前出の高岡助教授はこう指摘する。
■母性愛を手に堂々と死地に
「母を求めるように女性の愛情を求めていた宅間死刑囚は、最後にそれを手に入れ、堂々と死に赴くことができたのではないか。遺族には憎しみだけが残った一方で、宅間死刑囚が最後に人生を全うしたとすれば、皮肉な結果と言わざるを得ない」(浅井正智、藤原正樹)