ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書

 

社説:ハンセン病検証「90年の悪政」風化させるまい(毎日新聞 2005.3.2)
 
ハンセン病はハンセン菌による慢性感染症だが、感染したら発病するというわけではない。発病しやすい体質の人が、免疫機能が正常でない場合に限って発病する。現在の日本で発病に至るケースは皆無に等しい。万一、発病しても特効薬があり、半年か1年の通院治療で後遺症も残らず完治する。決して不治の病でも怖い病気でもない。最近はDNAの分析で、同じ家族から複数の患者が出ても感染経路は別のことが多いとも判明している。つまり、医学的にハンセン病患者を強制隔離する根拠はなかった。

にもかかわらず、国は隔離の必要がないと分かった後もなお、96年のらい予防法廃止まで、完治した元患者も療養所に押し込めて自由を奪った。安静にしていれば軽快するのに、過酷な労働を課し、症状を悪化させた。断種、堕胎を強制し、生まれた子の命まで奪った……。非道の極み、取り返しのつかぬ人権侵害である。被害を受けた元患者や家族たちの憤激や苦しみ、無念さは計り知れない。

ハンセン病政策を検証していた「ハンセン病問題に関する検証会議」は、尾辻秀久厚生労働相に提出した報告書で国の過ちを断罪した。報告書は政策の背景、被害実態などを多角的に分析した労作で、注目すべきは医学の進歩や国際学会の勧告などを基に政策を改める機会が何度もあった、と指摘していることだろう。特に戦後の51年、特効薬が生まれて劇的に好転する症例が相次いでいたのに、ハンセン病治療の権威と呼ばれた専門家が、国会での証言で隔離政策継続の必要を強調した影響は甚大だった。旧法を改悪したらい予防法が53年に制定される根拠とされたからだ。専門家が科学者としての良心と公正な判断力を持ち合わせていれば、患者らは半世紀前に解放されていた可能性が大だ。

既得権を守ろうとする権威者の言い分をうのみにし、過ちを改めようとしない旧厚生省や医学界の体質は、その後のHIV対策でも問題化した。人権を無視した関係者の不作為は犯罪的とさえ言える。政府は改めて非を認め、人権侵害を謝罪すべきだ。同会議が提言した再発防止策を真摯に受け止め、人権侵害や偏見、差別の撲滅にも全力を挙げねばならない。

報告書は救援の手を差し伸べられなかった法曹界、宗教界、教育界などの責任も指弾している。新聞などメディアの無力ぶりも批判された。人権を擁護すべき新聞が国の政策を追認し、被害に苦しむ人々の声に十分に耳を傾けられなかったことは、携わる者として慚愧に堪えない。毎日新聞社は60年代、熱心に「インド救ライ運動」を推進した経緯がある。国内の実態にも、もっと関心を寄せられなかったか、とも悔やまれる。

警察官らを動員して患者を強制収容する「無らい県運動」まで展開した90年に及ぶ悪政は、ハンセン病は怖い病気だと人々に誤解させ、今も残る偏見、差別を生んだ。市民としても悲しく残酷な歴史から教訓を得て、あらゆる偏見、差別の一掃に努めねばならない。

 
厚労省の情報ページ

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