「寝た子は必ず起きる」

 

知的障害児の性教育は?(東京新聞 特報 2003.11.27)
 
ことし九月、東京都内の養護学校二十八校で百人を超える教員が処分された。きっかけとなった都立七生養護学校(日野市)では「不適切な性教育」が最大の処分理由とされた。
しかし、数回にわたる保護者への説明会では教員らへの支持から「処分こそ不適切」という声が相次いだ。背景には、男女共同参画をめぐる全国的な攻防の構図も浮かび上がる。(田原拓治)

論議抜きに「びっくり」
「昨年度まで知的障害児の養護学校の校長会でも高く評価されていた実践が突然、処分の対象になるなんて。正直、驚きました。現実に障害児の性的被害はあり、七生では性教育の模索が続いていた。どういう教育が必要なのか、の論議を抜きに処分するというのはどうにも乱暴すぎます」都教育委員会による処分当時、都議会文教委員会に属していた河西信美都議(民主)はこう振り返る。
知的障害児を対象にした七生養護学校三苫由紀雄校長)は小学、中学、高等の三部併せて四十学級で生徒数は百六十人。生徒の半数は併設された七生福祉園(旧都立、現在は事業団)で寮生活を送る。性教育はこの福祉園で起きた性的ないじめをきっかけに一九九六年ごろから始まった。処分に至る経緯は、七月二日の都議会一般質問にさかのぼる。
同校の名指しこそなかったが、土屋敬之都議(民主)が「世間の常識とかけ離れた性教育」を批判。都教委に「き然とした対処」を求めた。石原慎太郎都知事も「異常な信念を持って、異常な指示をする先生というのは、どこかで大きな勘違いをしているんじゃないか」と答弁した。

■都議ら訪問教材調べる
その二日後、土屋都議のほか、都議二人など計七人と都教委が同校を訪れ、保健室に保管されていた性教育の教材などを調べ、養護教員に説明を求めた。

■校長を降格一般教諭に
同月九日には都教委から三十人以上の指導主事が訪れ、二人一組で全教員から事情聴取。
「経営調査委員会」設置や「学校経営アドバイザー」派遣と続き、九月十一日の定例教育委員会で同校関連では、金崎満前校長の一般教諭降格をはじめ、教員の約半数四十八人に厳重注意が下された。処分理由には同校が都教委に学級編成を実態通り報告していなかったなどの点も挙げられたが、問題の核が「不適切な性教育」だったことは間違いなかった。
都教委が没収した教材には、性器を内蔵したメキシコ製の夫婦と子供の家族人形、男児の排尿指導のための男性器の模型付きタイツ、射精の仕組みを示す注射器と組み合わせた「箱ペニス」などがあった。処分の火付け役になった土屋都議はこう話す。
性教育をやっちゃいけないというのではない。しかし、性の大切さを教えていない。まるでひわいな女性誌の感覚だ。例えば『からだうた』という歌を通して、ペニスやワギナという名称を頭や肩と並べて小学生の低学年から教えている。この突出の仕方は異常。教員たちの頭の中は性器の名称でいっぱいなんです」
土屋都議と同校を訪ねた古賀俊昭都議(自民)も「共産党が一生懸命(性教育に)テコ入れしている。彼らは(中絶など)性の自己決定権を強調する一方で、性欲を抑制することを教えない」と非難した。

同校の性教育は「こころと体の学習」として、小学部で年二−八時間、中学部で五−十時間、高等部で十時間組まれてきた。この性教育について父母はどう受け止めていたのだろうか。学校と都教委は七月九日から三回、全校保護者会を開いた。頭を下げる都教委に対し、保護者側からは「排せつ指導は必要だ。そのために特殊教育を選んでいる。一生、子供とつきあう決意のある教員や親をばかにしている」「過激なのはどちらか。発達段階を考慮して指導していると思っている」「具体物(教材)を使うには何の支障もない。性教育を後退させないで」といった声が相次いだ。
都議側は「保護者からの苦情もあった」と言う。同校のベテラン教諭の一人は「過去に寝た子を起こすなという批判はたしかにあった。その母親とは話し合いを重ね、結局、別授業を受けてもらった」と語る。

■社会に出て大事なこと
ただ、中学二年の男子生徒の母親は「寝た子は必ず起きる。そうである以上、社会に出た後の方が大事」と話す。「知的障害というだけで痴漢と間違えられやすい。逆に女の子は性被害に遭いやすい。健常の子より、その分、しっかり教えなければならないんです」別の保護者らも取材に対し、口々にこう語った。「性器の露骨な名称に健常児の親は違和感を持つでしょう。でも、知的障害の子に“あそこ”といった抽象的な言葉は通じない」「男子で排尿の際はおしりまで出してしまう。小さいうちは女の子の格好をさせ、外では一緒に女子トイレに入った。でも、それもいつまでもできない。その際に、こうやってチャックから性器を出して、という指導に教材は必要だった」親も日常的にそう教える努力をしてきた。教師によるトイレでの個別指導もあった。「それでも子は親に甘える。先生たちの方が教える技術は専門家な分、うまい。子供にも先生の教室での言葉は重い」授業内容についても、授業前と授業後、保護者からの要望欄付きでプリントを通じたやりとりはあった。
こうした保護者の声に都議らは「教師たちは保護者を巻き込んでいる。それが手口。八割の一生懸命さでひきつけ、二割で異常な性教育を打ち出す。排尿指導の現場には女子児童もいた」と懐疑の目を向ける。土屋都議は「ペニスなどという医学用語をなぜ、わざわざ使う必要があるのか」と重ねて指摘する。

■的確な言葉見つからず
この点について、ある教諭は「たしかに硬い表現だが、他に的確な言葉がなかった」と事情を説明する。ただ、こう付け加えた。「障害児は虐待経験や育児を放棄された子も少なくない。そのため、自己の存在に否定的。精通や初潮でパニックを起こす子もいる。そうしたことが自然で、あなたは祝福され生まれてきたと納得させるため子宮体験袋も箱ペニスも教員が論議して自作した」

■都教委にも改善策なし
一方、都教委は「一部に学習指導要領からの逸脱があった。一律な指導で発達段階を踏まえた指導がなかった」と不適切の意味を解説するが、具体的な改善策について尋ねても、明確な答えはなかった。今回の問題は、男女共同参画の内容に批判的な一部の動きとも絡んでいる。鹿児島県議会が七月に採択した「ジェンダーフリー教育反対」の陳情の提出団体は「新しい歴史教科書をつくる会」と一体だったが、ジェンダーフリー思想によって、過激な性教育がなされていると主張している。
今回、七生養護を告発した都議三人も同様の考えだ。土屋都議はこう語る。
「(性教育については)思想的なレッテル張りではなく、きちんとした討論が必要。われわれは逃げも隠れもしない。ジェンダーフリーを説く人々とはいつでも公開討論にのぞみたい」