神戸連続児童殺傷事件:正式退院へ 男性「一生かけ償う」(毎日新聞 2004.12.15)
 
「彼がこれから歩んでいく人生の軌跡の中でしか判断できない」−−。
97年の神戸・連続小学生殺傷事件で、来年1月に社会復帰する見通しになった加害男性(22)。
残忍な手口と「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明文で社会を震撼させた男性は今、悔悟の言葉を口にするようになった。だが、本当のしょく罪の道がこれから始まるに過ぎない。法務省は威信をかけた更生プログラムの成果に自信を見せるが、再犯の恐れを懸念する声もある。男性の人生を受け入れる社会はどう見つめるのか。社会もそのありようが問われる。

◇しょく罪、これから
土師さんは「謝罪を意味する言葉が書かれていても、謝罪と決めることができるのは遺族だけです。私は(言葉を)謝罪と受け止めていないし、また謝罪を受け入れる心境にもありません」と毎日新聞の取材に語った。
法務省の説明は昨年5月以降計7回。今回の説明でも生活状況の具体的な言及はなく、土師さんの代理人弁護士は「法務省の対応は評価するが、もっと詳しく説明すべきだ」と指摘した。土師さんは事件後、「全国犯罪被害者の会」に入会。犯罪被害者・遺族の権利確立に向けた活動を続けてきた。土師さんは「この事件だけを特例とせずに少年事件における情報開示の制度化を確立してほしい」とコメント。
正式退院には「特別な事情がない限り延長はない。複雑な思いだが受け止めざるを得ない」と語った。

山下彩花さん(当時10歳)の遺族へは14日説明され、冒頭に法務省の担当者、彩花さんの両親と代理人弁護士の計6人が黙とう。両親は「絶対に苦しみから逃げないでほしい。正面から向かってほしい」との男性への伝言を託したという。母京子さん(49)は「法務省が太鼓判を押した以上、信じるしかない」とコメント。「けっして彼の罪を許したわけではありません」としながらも「彼の悪におびえるよりも、わずかでも残る善を信じたいと思う。善を引き出せる人たちと出会って欲しい」と記した。
 
◇わずかな「善」信じたい 山下さんコメント
男性Aの本退院について思うこと
神戸連続児童殺傷事件の加害男性Aが本退院する日が、目の前に迫ってきました。
今年の3月10日に男性Aが仮退院したときも、ひとことでは語れない複雑な心境でしたが、いよいよ今月末をもって彼が法務省の手を離れ、私たちと同じ社会で生きていくことを思うと、事件から今日までのさまざまなことが胸を去来し、複雑さは倍増しています。
誰もが抱いているであろう、「彼は本当に更生しているのか」「彼が社会人としてまっとうな人生を歩めるのか」という疑問は、もちろん私どもも抱いています。また、「Aの病気は完治しておらず、社会に出すのは非常に危険」という、人の心を煽るような記事も出回っています。
しかし法務省が、「Aの社会復帰を認める」という太鼓判を押した以上、私どもはそれを信じるしかないというのが現状です。社会復帰させるのが時期尚早なのか、あるいは妥当なのか、大きな議論がおきるところですが、今の時点では答えは出ないのかもしれません。
それは、彼がこれから歩んでいく人生の軌跡の中でしか、判断できないような気がしています。
今年の8月、私どもは彼からの手紙を2通受け取りました。
あれほど、「まずは手紙で、謝罪の思いを本人から伝えてほしい」と切望していたにもかかわらず、私はすぐには読む気になれませんでした。手紙を読んで事件の真相を知りたい、彩花の親として真実を知らなければならないと思う一方で、もしも、今よりもさらに辛く苦しくなって、自分がどうにかなってしまったらどうしよう、という怖さがこみあげてきたからです。そんな葛藤を繰り返しながら、10日が過ぎ、ある程度動揺がおさまった私は、ひとりで手紙を読みました。
あくまでも私信なので、内容を社会に公表するつもりはありませんが、少なくとも、劇的に私の気持ちを揺るがすものではありませんでした。そして、事件の核心に触れるものでもありませんでした。
しかし、2通目の手紙は人から強制されて書いたものではなく、彼の本心を吐露したという感があり、出会ったこともない彼の声を聴いているようで、読み進めていくうちに涙を流している私がいました。
その涙の意味は自分でも理解できないのですが、憎悪や恨みという種類のものではなく、もっと静かな、ただただ哀しい、というのが一番近い感情でしょうか。
そのときに思ったのは、仮退院時のコメントと重複しますが、彼が「社会でもう一度生きてみたい」と決心した以上、どんなに過酷な人生でも、人間を放棄しないでほしい。彩花の死を無駄にしないためにも、生きて絶望的な場所から蘇生してほしいということでした。
だからといって、けっして彼の罪を許したわけではありません。
それでも、彼の「悪」に怯えるよりも、わずかでも残る「善」を信じたいと思うのです。
彩花への謝罪とは、私たちが生涯背負っていかなければならない重い荷物の片側を持ちながら、自分の罪と向き合い、悪戦苦闘している私たちの痛みを共有することしかありません。
どうすれば痛みを共有できるのかを探すのは彼自身に他ならず、誰も肩代わりはできません。
でもだからこそ、彼の中の「善」を引き出せる人たちと出会ってほしいのです。
これまで、加害者の情報を、限界はあるものの知り得たことや、Aからの手紙が届いたことは、私どもにとっては
プラスになりました。充分とは言えないまでも、私どもの心情を汲みとっていただけたことを法務省に感謝しています。
事件の大小にかかわらず、被害者が、事件の真相や加害者のその後の生き様を知りたいと思うのは、極めて当然のことなので、今後も何らかの形で彼との接点を持ち続けていきたいと思っています。
また、関係者の方々には、今回のことを特例扱いにせず、被害者からの要望があれば、真摯に受け止めていただきたいと切望しています。山下 京子
 
 
◇情報開示制度確立を 土師さんコメント
昨日、法務省保護局の方から、加害男性の現在までの経過及び状況等について説明を受けました。
今年8月11日には、法務省保護局の方から加害男性の仮退院後の状況について説明がありました。その時に、保護観察終了前にもう一度説明して欲しいと、私たちは要望しましたが、それに沿っての説明でした。昨年5月以来計7回の説明を受けましたが、このような法務省の対応については高く評価しています。
今年12月末で保護観察は終了し、加害男性は本退院となり、来年からは、一応、国の監視から離れます。保護観察終了後も、加害男性の状況について説明を続けて欲しいと、以前より私たちは要望していましたが、来年以降も何らかの形で説明を受けることができるという感触を得ました。
前回、加害男性からの謝罪の手紙が私たちに託されましたが、私たちは、その時点では手紙を読むという気持ちになれませんでしたので、代理人である井関弁護士に手紙を預かって頂きました。
その後、法務省からの再度の説明の時期が近づいてきましたので、このまま放置するわけにもいかないと考え、11月になってから、井関弁護士から手紙を受け取り、11月中旬に読みました。手紙の中には謝罪の言葉が書かれていましたが、内容の詳細及び私たちの感想については控えさせて頂きたいと思います。
 
 
前野育三・関西学院大教授(刑事政策)の話
更生が認められたということであり、市民生活の中に迎え入れるべきだ。マスメディアも男性をことさら追い回さず、静かに生活できる環境を保障すべきだ。ただ、男性には遺族への謝罪の意思表示や賠償に努めることを望みたい。遺族からの情報開示の要望にも男性側の方から応えた方がいい。
退院で法務省の関与はなくなるが、男性と信頼関係のある精神科医や保護司には引き続きサポートを期待したい。遺族への長期的な支援を可能にする法整備も必要だ。