教訓

 

水俣市長選/水俣市議補選 市長選 宮本勝彬氏、「草の根」初当選(毎日新聞 2006.2.6)
 
宮本氏は、江口市政に不満を持つ元市幹部や産廃反対住民の要請を受け昨年11月、出馬を決意。教育長を辞して立候補した。「水俣病を経験した街に、再び産廃処分場を受け入れる必要はない」と産廃断固阻止を旗印に掲げ、政党や団体の推薦をもらわずに、産廃反対グループや水俣病患者・支援者らが、幅広い草の根運動を展開した。
江口氏は15年の政治経験と国・県とのパイプを強調。自民、公明のほか農協など32団体の推薦を取り付け、組織戦を繰り広げたが、産廃問題への姿勢があいまいで、いま一歩及ばなかった。

 
 
水俣病50年 第2部 産廃 市民の選択(熊本日日新聞連載)より

(1)真の教訓「過ち繰り返すな」(2006.2.7)
 
宮本氏は街頭で、集会で、声をからして訴えた。「私たちは(水俣病の原因物質である)水銀ヘドロを封じ込めた埋立地を既に受けとめている。海に産廃があるのに、今度は山の上の水源地に、命の水を生み出す場所に、処分場を造るという。水俣にとってあまりに過酷な仕打ちだ」
これに対し江口氏は「教訓」を別の側面からとらえた。「人間関係に大きなひびが入ったのが水俣病。もやい直しが進む中、けんかせず仲良く手をつなぐことが水俣病の教訓ではないのか」と新人陣営をけん制。さらに「自分の考えに合わない人間は敵だという。まさにもやい崩しだ。こういう人たちが水俣の教訓を口にすべきではない」とまで言い放った。

(2)語られ始めた“公害の原点”(2006.2.8)
 
アンケートでは、産廃処分場の建設で「水源汚染などが心配で、安心して水が飲めなくなる」点を「とても心配」と回答した人が76%に上った。ほかに、「環境モデル都市への市民の努力が台なしになる」「水俣に暮らす自信や誇りが傷つき、水俣離れが進んで活気がなくなる」と、処分場の影響を懸念する回答もほぼ半数に達した。特に、自由記述には水俣病産廃問題を関連づけて考える意見が目立った。「水俣病で市民の心は傷つき、これまで環境を良くする努力をしてきた。そんな気持ちを逆なでされた思い」(五十代女性)「海の公害による痛い経験を通して何を学んだのだろうと感じる」(四十代女性)
女性グループの一人、吉野啓子さん(57)=同市薄原=は、水俣病の経験を基に「食の安全」を目指して無農薬栽培に取り組む茶農家。「産廃問題が持ち上がったことで、山間部に住む人が自分たちの問題として水俣病を意識し始めている。今回の選挙結果にそれが反映しています」。吉野さんは今、そう感じている。

(3)患者たちは後方支援に(2006.2.9)
 
今回の選挙戦は市民が「水俣病の教訓」を掲げて戦ったことが特徴の一つだった。とはいえ、患者が前面に立って宮本氏支援をマイクで訴える場面は見られなかった。本願の会のメンバーは直接宮本選対に加わる形をとらず、産廃の危険性を訴えるビラを制作・配布したり、市政を風刺する川柳を市中に張り出したりと、「後方支援」に回った。その理由を同会事務局長で水俣病支援者の一人、金刺潤平さん(46)はこう説明した。「もやい直しが進んだと言っても、まだまだ市民には水俣病に対する抵抗感があるのは事実ですから」。公式確認から五十年を経てもなお、市民の心の奥底に沈む水俣病事件への複雑な感情。「後方支援」はそれに配慮した“作戦”でもあった。
市民と患者との間にいまだに存在する壁。「党派や立場を超えて、多様な主張ができる水俣をつくり上げること。そのような地域づくりを実現することが本当のもやい直し。また、新たなスタートです」。金刺さんは市民と患者の融和を新市長に期待している。

(4)根強い「国、県とのパイプ」論(2006.2.10)
 
「革新系の人たちが推す市長が生まれれば、チッソ水俣から撤退する」。現職と新人が激しい舌戦を繰り広げた水俣市長選で、自民、公明推薦の現職、江口隆一氏(40)の陣営ではそうした論調が飛び交った。これに危機感を持った無所属新人の宮本勝彬氏(62)の陣営は「チッソの撤退が許されるはずがない」と反論するビラをまいた。
今回の市長選では、水俣病の原因企業チッソ水俣本部と関連企業の労働者約千人が結集する水俣地区労働組合連絡協議会が、江口氏を全面支援した。前回も江口氏推薦ではあったが、今回は組合員に電話で「家族にも江口氏支持を徹底しているか」と念を押した。
チッソは「会社として動いた事実はない」としているが、労組の動きの背景に会社の意向を感じ取る関係者は少なくない。実際、選挙期間中、江口氏の集会を激励に訪れる会社幹部の姿があった。
労組幹部は「過去にない努力をした」と認めた上で、その理由を「国、県政で多数を占める保守政党によってチッソ支援の枠組みが作られ、維持されてきた。患者補償の完遂という目標を着実に履行するために、この事実に配慮しないわけにはいかない」と説明する。
チッソ支援とは、水俣病患者補償に伴う同社の経営危機を乗り切るため、熊本県債の発行や国の抜本的金融支援策という形で投入してきた公金。同社が返済しなければならない公的債務は現在、千三百億円弱に上る。
それだけに、チッソ関係者の市長選対応への評価は分かれる。「水俣チッソで成り立っている。チッソをつぶしてでも水俣病補償をしろという人たちには入れられない。現職支援は当然だ」とする主張と、「チッソは多額の公的債務を抱える、いわば”半官半民”の企業。なぜ特定の候補を支援するのか」という声が市民の間で交錯した。

(5)“環境都市”へ 生かせ「財産」(2006.2.11)
 
市長選では産廃問題をきっかけに、少なくない市民が「水俣病が教えてくれたものは何だったか」を口にし、市内全域で水俣病を自分の問題としてとらえる動きが出始めた。しかしまだ市民と患者たちの間に存在する見えない壁。
水俣病は市にとって重荷ではなく、大きな財産。環境をキーワードにしたまちづくりも、基本は水俣病問題の解決にあることを忘れないでほしい」。吉井氏はそう力を込めた。

 
 

しかし「危険が本当なら」対策をとる、という前者はいかなる意味でも「予防原則」ではありえない。「危険が本当かどうかわからないが、被害拡大を防止するために、一定の根拠があれば何らかの対策を講じる」というのが「予防原則」と言えるための必要条件であろう。また後者では、あるリスク対策遂行による別のリスクの発生可能性(対策のためのエネルギー消費による生態系への影響や健康被害)、そして排水停止による企業への補償や漁業補償といったコスト負担の可能性という「マイナスの影響」を予防することが強調されている。しかしその主眼は、リスク対策にあたってリスク削減ないし除去措置による損失便益と必要費用の算出(対策のための投入可能な資源の算定)を被害拡大防止のための予防措置よりも優先させる、リスク便益原則中心主義にあると言ってよい。何れの場合も、原因物質の特定や対策にどれだけ費用がかかるかということよりも、まず被害拡大の防止と目の前の被害者の救済をすべきだ、という水俣病事件の教訓を踏まえた予防原則とは、鋭く対立すると言わねばならない。
 
水俣病事件の教訓と環境リスク論(霜田求)

 
水俣病の教訓」とはなんなのか、私は、まだわからないでいます。