懇談会の提言 その2

arcturus2006-09-05

 
9月1日の懇談会資料として出された 「水俣病問題に係る懇談会」提言書(草案)より。

メチル水銀の影響の可能性が「認定基準」に合わなければ「水俣病」とは認めないのである。
「懇談会」においては、この見解については、批判的見解を含め様々な意見が出された。
しかし、限りなく狭き門であっても、国は水俣病被害者すべてを包括できる新しい継続性のある救済・補償の仕組みを構築するのが急務になっているという点で、「懇談会」の意見は一致している。その理由は、この提言書のはじめから繰り返し述べてきたように、
○イ最高裁判決により国の責任が厳しく問われたこと、
○ロいまだ救済されていない水俣病被害者が10 人や20 人でなく何千人という数に上ることが認定申請者の急増やそれを上回る保健手帳への申請で明らかになったこと、
○ハそれ以外にも手を上げかねている被害者が相当数いる可能性があり、そうした被害者たちが将来手を上げた場合でも対応できる制度が必要であること、
○ニ水俣病公式確認から50 年という節目に、水俣病問題に対する行政の取り組みを根本的に見直さないと二度とその機会がなくなるおそれがあること、以上の4点である。

「懇談会」は専門家の委員会ではないので、水俣病被害者に対してなすべき救済・補償の具体的内容については論じるのを控えるが、救済・補償のあり方あるいは枠組みを見直す方向について、次の提言をしたい。
① いわゆる「認定基準」は、「患者群のうち、(公健法上の、及びチッソとの補償協定上の)補償額を受領するに適する症状のボーダーラインを定めたもの」(大阪高裁判決。最高裁判決において是認)と理解されるのであり、また、そのような意味合いにおいてはなお機能することができるといってもよい。したがって、「認定基準」を将来に向かって維持するという選択肢もそれなりに合理性を有しないわけではない。
しかしながら、一方、水俣病被害問題をこの「認定基準」だけで解決することはできないということも、これまでの事実経過(「認定基準」とは異なる基準を用いて、「政治解決」を図らざるを得なかったこと、「認定基準」とは異なる基準によって国等の損害賠償責任を認める司法判断が確定していること、最高裁判決後、大量の認定申請者・訴訟提起者が続出していること、「認定基準」を運用すべき審査会が1年半以上も構成されず、認定申請者が放置されていること等)に照らし、あまりにも明らかである。
そこで、今最も緊急になされなければならないことは、補償協定上の手厚い補償を必要とする患者が今後も出てくるかもしれないこと、補償協定に基づく補償を受けてきた患者の法的立場の安定を考慮する必要もあること等の理由から、「認定基準」をそのまま維持するにせよ、この「認定基準」では救済しきれず、しかもなお救済を必要とする水俣病の被害者をもれなく適切に救済・補償することのできる恒久的な枠組みを早急に構築することであろう。
② この枠組みの構築に当たっては、
ア)新たな枠組みによっても却下された人々が、後に司法判断で認められるというような事態をできる限り回避しうるものにしておかなければならない。
イ)従来の救済策によって救済・補償を受けている人々の権利ないし法的地位を侵害しないよう十分に配慮するとともに、歴史的経過からやむなく異なる時期、異なる枠組みにより異なる救済・補償を受けることとなる人々の間の公平感、均衡を保つように留意する。
ウ)新しい枠組みでは、いわゆる「汚染者負担の原則」からチッソが救済・補償の主体となるにせよ、最高裁によって国の行政責任が明確に認定されたことを何よりも重視すべきであり、国が救済・補償の前面に立つしくみにすべきである。
エ)新たな枠組みは、前回の政治解決の教訓に鑑み、将来に向かって開かれたものとして構築されるべきである。
オ)新しい枠組みでは、認定された「水俣病患者」と、それ以外のあいまいな呼称の被害者とを包括的な名称で統一的にとらえられるようにすることが望まれる。
③ 従来の「認定基準」に基づいて認定─救済を求めている人々が4,200 人以上存在するにもかかわらず、これらの人々が、その多くは医療費等の支給を受けているとはいえ、審査会が構成されないという理由で、1年半以上も放置されているという現状は、早急に解消される必要がある。法律上の手続きに従って権利の救済を求めている人が正当な理由なく、このように放置されるようなことがあってはならない。これもまた、待たされる側の身になるなら、すなわち「2.5 人称の視点」に立つなら、躊躇は許されるものではない。
④ 新たな救済・補償に伴い、国は財政負担を強いられることになるが、国全体が経済成長の恩恵を受けその陰で犠牲となった人々への償いととらえるなら、「汚染者負担の原則」に基づく原因企業の負担は当然にしても、国民の税金を財源とする一般会計から応分の支出をするのも当然のことと考えるべきであろう。

 
これについての反応。

水俣病:懇談会の提言、地元に波紋 関係者ら、根本的見直し訴え/熊本(毎日新聞 2006.9.3)
 
環境省は自分たちに都合のいい委員を選んだ上に提言内容にまでクレームをつけた。舞台裏で何があったか今後、情報公開を求めたい」。水俣病1次訴訟の原告でつくる水俣病互助会事務局の谷洋一さんは怒りをあらわにする。
提言は未認定者救済の恒久的制度の創設をうたいながら、過去の補償との公平性を保つよう指摘した。しかし、95年の政府解決策を受け入れた水俣病患者連合の佐々木清登会長は「全員が納得する解決策は無理。現行制度とは別の特別立法で解決策を作ってほしい」と抜本的見直しを訴える。
現在係争中の国家賠償訴訟の園田昭人弁護団長は、提言に沿えば「新たな枠組みが(現在与党が検討している)第2の政治決着になってもおかしくない。国に悪用される恐れがある」と、行政ペースでの救済策づくりを警戒する。水俣病被害者の会全国連絡会の中山裕二事務局長は「環境省の妨害にあいながらも委員は頑張った。今後はどうやって国民的議論にしていくかが課題」と冷静に評価した。

水俣病:懇談会提言 国の壁越えられず 地元関係者「妥協の産物」と不満(毎日新聞 2006.9.2)
 
「認定制度を変えないとする環境省との妥協の産物という印象だ」。長年、水俣病研究を続ける富樫貞夫・熊本学園大教授(72)は強い不満を示した。富樫さんは「認定申請者が4200人を超す現状をどう打開するのかについて、提言は道筋を示せなかった。結局、行政に白紙委任した」と落胆する。一方で、これまで周辺で支えるしかなかった胎児性患者への支援については「実現に向けて動き出すだろう」と評価した。
04年10月の水俣病関西訴訟の最高裁判決は行政責任を明確に認め、懇談会設置の大きな一因になった。同訴訟の川上敏行原告団長(81)は「小池百合子環境相は『最高裁判決を重んじる』と我々に謝ったが、環境省は認定基準を改めなかった。国にこちらの思いが届くことはないというあきらめもある」と冷ややかだ。

水俣病問題懇 認定基準見直し求めず(南日本新聞 2006.9.2)
 
国などを相手に訴訟を検討中の水俣病被害者互助会事務局の谷洋一さん(58)=熊本県水俣市=は、環境省の干渉を疑問視。「ねじ曲げられたものは提言になり得ず茶番に過ぎない。結局は患者自らが闘うしかない」と怒りをあらわにした。
同日、新たな認定申請者が2000人になったと公表した水俣病出水の会の尾上利夫会長(68)=出水市住吉町=は「基準見直しを盛り込まなかったのは許せないが、新たな救済枠の提言は一歩前進。国は早く救済へのカギを開けてほしい」と求めた。
国などに損害賠償を求め1000人規模の訴訟を起こしている水俣病不知火患者会の大石利生会長(66)=水俣市=は「基準見直しには触れられないと思っていた。委員は精いっぱい努力してくれた。新たな施策は、1995年政治解決以上のものにし、当時の対象者の処遇も引き上げてほしい」と訴えた。

 
最高裁判決以降の認定申請者については、そのほとんどは保健手帳で対応できるものと懇談会のなかでも説明していましたが、それは認定するつもりはないということでしょうし、そもそもどのような調査をしたうえでの認識なのかもわからない。
提言には「水俣病被害者すべてを包括できる新しい継続性のある救済・補償の仕組みを構築」とあるけれども具体的にはまだ決まっていません、環境省は保健手帳を交付し医療費を支給さえすれば事足りるとしか考えていないようですけれども。自民党プロジェクトチームも、新保険手帳対象者への一時金については、一時金による早期救済を求める団体と司法救済を求める団体とで意向が分かれ認定申請や損害賠償訴訟が取り下げられないことを理由に検討見送りを決めたそうです。
 
 

救済の恒久的枠組み提言「環境省と方向同じ」事務次官(熊本日日新聞 2006.9.5)
 
環境相の私的懇談会「水俣病問題に係る懇談会」が、水俣病被害者の恒久的な救済・補償の枠組みの早期構築などを盛り込んだ提言をまとめたことについて、炭谷茂・環境事務次官は四日の定例会見で、「懇談会と環境省のベクトルの方向はだいたい同じ。制度の中身は環境省に委ねられたと思っている」との認識を示した。
懇談会が提言した枠組みの対象者については、「(医療費自己負担分を支給する)現在の新保健手帳の交付申請者がおおむねカバーされるのではないか。具体的な要件は(新保健手帳の交付申請要件を)踏襲することになると思う」と述べた。
補償・救済の中身に関しては「現在の医療費支給だけでは必ずしも十分対応しきれていないところがあり、それにどう対応していくかが新制度の一番大きいポイント」と指摘。与党水俣病問題プロジェクトチームの議論をはじめ、被害者の健康状態や生活実態、要望を踏まえ、年末に向けて検討する考えをあらためて示した。炭谷次官は五日付で退職する。
一方、炭谷次官が「中身は環境省に委ねられた」との認識を示したことについて、懇談会委員を務めた吉井正澄・元水俣市長は「次官の認識は私たちが提言に込めたものと全く違う」として、「提言は認定申請して処分を待つ人や裁判中の人など、法による患者認定と新保健手帳の間にいる被害者を救済する枠組みの構築を想定しており、現状の水俣病対策を追認したものではない。しっかり読んでいただきたい」と述べた。

 
 
9月4日現在で認定申請者数は4344人です。
新保険手帳については交付申請者数が5774人、すでに交付を受けたひとは4413人になりました。