提言起草委員会

 

新救済制度を提言へ 水俣病懇談会が方針(朝日新聞 2006.6.20)
 
環境相の私的組織「水俣病懇談会」(座長・有馬朗人元東大学長)は20日、非公式会合を開き、未認定患者の新たな救済制度創設などを今月末にまとめる提言に盛り込む方針を固めた。この日、提言の素案が提示され、具体的な救済策まではまとまらなかったが、未認定患者を含む被害者呼称の統一、国の責任の位置づけなどは一致した。29日にも小池環境相に提出する。
ノンフィクション作家の柳田邦男・起草委員長が作成した提言書の素案を議論した。未認定患者の救済策は、現行認定基準との整合性や、政治決着を受け入れた人たちとの関係づけが問題となり、素案では「未定」とした。 ただ、現在の認定制度とは別の救済制度の創設を提言する方向でほぼまとまった。95年の政治決着による申請受付期間が約半年だった反省から、窓口は常設とする。
また、認定、未認定など被害者の呼称の違いが、「ニセ患者」といった地域内差別につながっているとして、今後は「水俣病被害者」と呼称を統一する。
水俣病については「被害拡大を防ぎ得たが対策を取らず、長期間放置した戦後最悪の政治、行政の失敗による公害事件」と位置づけた。

水俣病懇談会、救済策の調整つかず 最終報告を延期(朝日新聞 2006.6.26)
 
水俣病について過去の行政対応を検証する環境相の私的懇談会「水俣病懇談会」(座長・有馬朗人元東大学長)は、29日に予定されていた最終報告を延期することにした。報告書案をまとめる26日の会合で、未認定者を救済する新たな制度が必要とする委員側と、事態を混乱させるとする環境省側との調整がつかなかったため。環境省が同日、発表した。
水俣病を巡っては現在、新たな認定申請者が4000人を超え、国や原因企業のチッソを相手取った損害賠償訴訟の原告も1000人となっており、現状の認定基準とは別に何らかの救済策を報告書に盛り込むかどうかが、焦点となっていた。
この日、非公開で開いた最終報告の起草委員会(柳田邦男委員長)で、委員側は新たな救済制度を創設しなければ、現状を打開できないとして、新制度創設を報告に盛り込みたいと主張。環境省は、認定基準を政府の水俣病対策の基本とし、その上に95年の政治決着や、04年の最高裁判決を受けて創設した医療費負担制度などの救済策があることを説明したが、委員側が納得しなかった。

水俣病問題に係る懇談会
第11回会議録(2006.4.21)

吉井委員
問題は地元が大変な苦しみを背負ったということです。どういうことかといいますと、県債という形で発行しますので、熊本県の県議会は、どんどん県債が増えていくと、チッソが不測の事態になった場合は県民に負担をかける、これはまかりならん、県債を議決しないという方向に動いていくわけです。国は県議会に対して、県にはいささかも負担をかけないと一札を入れて出してもらう。それをずうっと繰り返してきた。
私たち水俣市は、市長、議長はじめ市民、患者団体、すべての団体を網羅して、30人ぐらいの陳情団で国に年に2回、県債を出してくれという陳情を繰り返した。環境省だけでは片づかないものですから、大蔵省に頭を下げて泣きついて回った。県議会には県議会が開催されるたびに、県議会議員全部に回って頭を下げて出してくれと。県議会の公害対策委員会では前に並んで毎回頭を下げた。結局、患者救済という問題が県債発行にすり替わってしてしまって、県債発行が主体になってしまった。そういう厳しい状況があって、水俣市は県債という人質をとられたおかげで、国に対しても県に対しても一言も文句が言えなかった。そういう状況が生まれてしまいました。非常に大きな問題があるわけです。
これはチッソの経営を助け、PPPを守りながら、患者補償を完遂させたという大きな利点もありますけれども、患者救済という本来の目的を外れてしまって、チッソ県債というのが一人歩きをしてしまったというのがあります。水俣市民にとってこの問題は非常に大きな問題を与えてくれたわけです。補償が膨らんでいけば県債が発行されなくなるという恐れがあって、患者の認定申請が棄却されることを内心安堵したという面が出てまいります。棄却される傾向を受け入れたという変な形に変わってしまったというのがございます。そういうことで、患者は県債の額が上がっていくから認定を厳しくしているんだという反発がありますけれども、それはちょっと違います。認定基準の改革の方が1年早く、県債の方が後ですから、それは論理的になりませんけれども、そういう不満を醸し出す状況は十分にあったわけです。
そこで私が提言したいのは、水俣病は化学工業界全体がつぶれないための一つの国策としてこんがらがってしまったというのがあります。そこで、化学工業界全体も責任があると。国が助ける前に化学工業界全体が基金をつくって公害に対する準備をしてはどうか、そういう思いを持っています。化学工業界自体が公害の抑止力になるわけですね。そういうことができないか。前もってそういう公害を処理する基金を準備しておくということはできないかと思っております。

加藤委員
認定基準を見直すときに何が問題なのかというと、認定基準と補償協定を結びつけてしまうところに問題があるんだと思います。この認定基準というのは、患者が認定されると補償協定に基づく補償をされるということに結びついていくから、そこが今度は経済の問題になっていってしまうんですね。本来は、水俣病の原因はどこにあるかといったら、チッソの流した排水にあり、この原因をたどっていくと一企業の利潤追求だけではなくて、この国の高度成長経済、この国が豊かに便利になるために一地方に犠牲が押しつけられたことが原因なわけです。少なくとも今、自分は水俣病かもしれないと訴えている方たちは、いろいろなサイドから見たときに水俣病であるわけで、水俣病であることをきちっと認めていくということがあって、それから基準が出てくるはずなのに、いつも認定基準があって、それから患者であるかないかということが問われること自体が、この水俣病問題を考えるときにどこかで間違ってきてしまっているんだと思うんですね。
このことをもう一回整理して、水俣病とは何なのかということを新しい知見に基づいてきちっと定義づけていくことが大事なんだと思うんですね。そのことが即、48年に締結された補償協定の補償に結びつくというふうに持っていかなくもいいんだと思うんですね。現地で救済を求めていらっしゃる人たちから、補償協定による補償をしてくれという声が聞こえているわけではないと思います。そこは一たん、認定基準と直結してしまう補償の枠組みをもう一度考え直していく、とらえ直していくことも必要なのではなかろうかという声は既に上がっていると思うんですね。
そういう意味で、柳田先生がおっしゃるような、チッソがつぶれる、認定されていた患者さんが困る、水俣が大変な状況になるということが、認定基準を見直すことによって起こるというのは脅しだといつも思っています。

亀山委員
公健法の認定基準というのはそれなりの論理と必要に応じてつくられたもの。だから、それ自体を見直すということはちょっと無理な話なんです。問題は、その後、これも前から繰り返して言っているんですけれども、公健法のつくり方というのは国の責任を基礎にしていない。国の責任ではないんだけれども、余りに損害がひどいから何とかやりましょうと。そのために国費もある場合には支出しましょうと。こういう論理なわけです。ところが、その後、国も責任があるんだという一つの判断が加わった。そうなりますと、それはそれで公健法の問題とは別途のこととして考えなければいけないということを、まず最初に押さえておきたいという気がいたします。

吉井委員
現状の問題点を見てみますと、司法で新しく申請者が訴えられております。この方々は、認定基準を見直そうが見直すまいが、裁判で示された新しい基準で救済されることになると思います。としますと、今、4,000人程度の新しい申請者がいらっしゃいますが、残った3,000人の人たちをどうするかという問題だと。その人たちを、認定基準を見直して救済するのか、それ以外に何か知恵を出して救済するのかということだと、突き詰めて言えば。そう思います。
認定基準を変えないで救済する方法は幾つも考えられると思いますけれども、そのときの必要条件は政治解決で和解を受諾した人たちにも配慮をする必要があると。政治解決のとき以上に困難性はないと思います。それはなぜかと言いますと、当時、国は第三者的立場にあったわけですけれども、最高裁の判決で加害責任を認められた。賠償責任を認められたわけですから、このあたりをうまいぐあいに知恵を出すならばできないことはないのではないかと思っております。

チッソの返済金、今年度分69億8900万円を猶予−−国と県/熊本(毎日新聞 2006.6.11)
 
水俣病患者補償などで県から借り入れを受けているチッソ(東京)に対し、国、県は今年度69億8900万円の返済を猶予することを決めた。同社の公的債務残高は今年度末で1578億1500万円となる見通し。
同社は液晶部門が好調で昨年3月期に34年ぶりの黒字となり、今期も前期を上回る101億6700万円の過去最高の経常利益を上げた。 県への今年度の返済額は約85億8900万円だが、金融支援制度で決められた算定により実際に支払うのは約16億円で、残りを猶予する。
チッソへの金融支援は、県が県債を発行し貸し付けていたが、00年、県の負担が問題となり県債発行を停止。代わりにチッソが経常利益から支払える分を県に返済、不足分は猶予し、国が立て替える仕組みとなった。【山田宏太郎】

司法の役割考える 対等での解決必要−−シンポ/熊本(毎日新聞 2006.6.12)
 
第1次訴訟(1969年提訴)から約30年間、水俣病問題にかかわった千場茂勝・弁護士は「第1次訴訟提訴前は、チッソ水俣病患者は対等ではなかった。このため、患者はだまされながらも、いつも行政に頼っていた」と振り返り、対等の立場に立てる司法の場での救済問題解決の必要性を訴えた。
また、第3次訴訟控訴審を担当、和解を勧告した友納治夫・元福岡高裁裁判長は「国や熊本県に責任があるから和解しろ、と言ったわけではない。少し引いた形で持ちかけたのは、裁判所における和解の限界。私としてはいささか歯がゆい点でもあった」と語り、責任論を明確にできなかった後悔の念もにじませた。さらに、被害者を水俣病患者と認めず、国の法的責任を認めないまま政治決着(96年)がなされたことに触れ「和解案と関連があるとすれば、私としては残念」と語った。